短編 | ナノ


▼ 日猿




死ネタ



目の前が霞んでいる。先刻まで鮮明に映し出されていた世界がぐにゃりと歪んで行く。耳を塞ぎたくなるような耳鳴り、鈍い音とともに後頭部に鈍痛が走る。痛いというより熱いなぁ、こんな時にそう呑気に考えていると目の前にいる愛しい人が俺の名前を震えた声で呟いた。
なんて顔してるんですか、俺の惚れた貴方は部下が痛い目にあったくらいでそんな顔しませんよ。いつもみたいな蔑むような目をする貴方の方が凌辱しがいがあって俺は好きですよ、そう言いたいのに口内に溢れ出す血液のせいで叶わない。垂れてしまった血液が俺の下に居る伏見さんの顔についてしまう。

「馬鹿!っなんで、なんでかばった!」

俺は何も言わず微笑んだ。見開く綺麗なその瞳からはボロボロと涙が溢れていて、それを拭う。段々と力が入らなくなっていき、そのまま伏見さんの上にドサリと覆い被さる。とっさに肘をついたがそれもあまり意味がなかったらしく、伏見さんが少し息を詰めた。

「おい……?おい日高、なあ、起きろよいつもみたいにベラベラ喋れよ馬鹿」

身体をガクガクと揺さぶられたり叩かれたりする。いててて。そんなにしたら気持ち悪くなってくるじゃないですか、
ぐっ、と軋むような痛みが全身を走り咳き込む。口の中は鉄の味で、もうこれは希望はないと悟った。
力をふり絞り伏見さんから離れる。そしてそっと伏見さんの頬に手を当てた。その手を掴む伏見さんの手はカタカタと震えていて。

「早く、追ってください、俺はもう…っはぁ、どうせ、助からないです」
「何言ってんだよ、おい、」
「伏見さ、お願いが、あるんですが」
「っなんだ」
「キス…してもいいですか」

俺が言い終わると同時に食らいつくようなキスをされた。それは触れるだけで、でも十分満足だった。死にかけだとすごいデレてくれるな、この人。

「ありがとうございます…さ、早く行ってください、副長達の後を追って、ください」

早くあのストレインを、追ってください。それが貴方の仕事でしょう。何動揺してるんですか、らしくない。俺を退かして早く行ってくれ

「おい!死ぬなよ、死ぬなんて許さねえからな、死んだら俺が殺す」

声を震わせて涙を零しながら話す伏見さんは言ってることがめちゃくちゃで。それにふ、と笑って弱々しく頷く。それに絶対だぞ、と言い、俺を退けてストレインを追って行った。

その途端力が抜けてドサリと地面に突っ伏した。
伏見さんの背中を見つめながら、段々と瞼が重くなってそれさえも見えなくなる。死にかけの俺を見てあんな顔をしてくれるなんて少しは期待しても良かったのだろうかなんて、思ってしまう。好意を持たれていたとか。
ぼやけた視界の中、走馬灯のように流れていく今までの思い出。はは、本当にこんなん流れるんだ。ああ、ごめんなさい、伏見さん、約束、守れないかも。

「…っはぁ、ハァっ、はっ、」

死ぬ前って息荒くなるんだな。呼吸がしづらくてどうにかなりそう。苦しい。
あ、俺の密かに飼ってる金魚は伏見さんに譲りたいな。榎本でもいいけど、伏見さんは人一倍寂しがり屋だからなぁ。もう伏見さんに嫌がらせもできないし、何かを伝えることもできないし、俺の想いを伝えることも出来ないし、触れられないんだな、と思うとじわりと目頭が熱くなってボロリと涙が出た。
やり残したことありすぎて嫌だなぁ。まだ布施たちと馬鹿やったりしたかったし、先週借りたDVDまだ返してないし、五島のジョジョまだ読み終わってないし、死ぬならタンマツのデータ全部消したかったし、何より伏見さんを誰かに取られるなんて嫌だなぁ。
あーあ、散々だ。伏見さんを守って死ぬなんて、散々で、本望だ。

「……っ、」

まだ、死にたくねえなあ。
それさえも、もう言えなかった。

一度でいいから言えばよかったな。結局言えなかった。あなたのことが好きだって。

そのまま俺の意識は、暗転した







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